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スポット情報

岡田の古い街並み

ノスタルジックな気分になれる!雰囲気ある建物散策

ノスタルジックな雰囲気が漂う岡田地区は、江戸期から昭和30年代まで知多木綿の中心地として繁栄しました。ゆるやかなカーブが続く道沿いには、現在でも黒壁塀やなまこ壁の家や蔵など現在でも、往時の栄華の名残が街並に残っています。
レトロな街並みさんぽを楽しみつつ、知多木綿の機織り体験でオリジナルのコースターを作ったりなどゆったりとした時間を堪能していただけます。

里組山車蔵

里組山車蔵
山車は、1852年(嘉永5年)に造られ、通称「日車」と呼ばれています。屋根部には鳥・松、中山部には鳳凰と狛犬、前棚部には龍・虎・仙人などの細やかな彫刻が施されています。

中組山車蔵

中組山車蔵
中組の山車は、1839年(天保10年)に造られ、通称「雨車」と呼ばれています。独自のからくり人形上演のために適した形態を伝えていて、他の山車に比べ形は大きく重いため、梶人が16名必要です。

松田邸(歯科)の福瓦

松田邸(歯科)の福瓦
1720年代(享保年間)に内科医を開業。 昭和に入って歯科医に転じた。塀に「恵比寿様」や「大黒様」の福瓦や「おかめ」の鬼瓦の飾りがあります。

多聞天(毘沙門堂)と十王堂

多聞天(毘沙門堂)と十王堂
拝殿の柱には珍しい龍の彫り物があり、天井画も描かれています。拝殿の左側に十王堂があります。
1710年(正徳年間)に建築され、今も、中組の人たちによって毎月の念仏講が伝承されており、堂守も交代で勤めています。

雅休邸(旧岡田病院)

雅休邸(旧岡田病院)
昭和4年に建てられ、竹内雅休が医院として開業した大正時代のモダン建築。室内は和洋折衷な町屋造りで、外には日本庭園が広がります。平成27年に国の登録有形文化財に指定されています。

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伝承知多木綿 つものき

伝承知多木綿 つものき
雅休邸内にある知多木綿の製品の販売と体験ができる工房です。
知多木綿の伝統的な技法を使って、糸つむぎと機織りの体験ができます。

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慈雲寺

慈雲寺
1350年(観応元年)に創建され、江戸時代の地誌『尾張名所図会』に名勝名跡のひとつとして描かれ、岡田地区最古の観音堂には、千体地蔵が安置されている他、寺宝として200年前の雨乞いに使われた壺が残ります。

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お祭り広場

お祭り広場
毎年4月16日に近い日曜日に、奥組・中組・里組の山車が曳きだされる広場で岡田の中心地です。

知多木綿アンテナショップ 478

知多木綿アンテナショップ 478
知多岡田の旧中七木綿本店にある知多木綿のアンテナショップです。店内に置かれているすべての商品は、「知多木綿」を使っており、手拭・ストール・巾着・ハンカチ・布巾などが購入できます。

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旧中七木綿本店

旧中七木綿本店
中島七右衛門は、江戸中期に木綿買継問屋の鑑札(株)を受け開業していましたが、明治に入り廃業しました。その後、明治29年に、岡田では最初の24台の動力織機を導入して「中七木綿合資会社」を設立しました。現在の建物は大正4年に建築されたもので、国の登録有形文化財として登録されています。

旧竹内虎王邸

旧竹内虎王邸
竹内虎王は、木綿製造業を手がけていましたが、品質が良く、量産のできる織機の必要性から研究に没頭していたそうです。
明治32年に「竹内式動力織機」の特許を取得して自社で活用し、明治34年には、竹内木綿工場を創業、後に丸登織布工場に発展させました。
岡田が知多木綿の一大産地、集積地となる基盤を築いた先駆者の一人です。

旧竹中商店と蔵

旧竹中商店と蔵
竹中商店は、江戸時代初期から米、肥料、木綿などの商いをしており、母屋の前の蔵は、地下に荷馬車を引き入れ荷物の出し入れを楽に行う為の工夫がしてあり、今もその姿を残しています。
この、竹中商店の石垣造りの通りは、岡田の街並みを代表する風景として写真やスケッチの対象となる人気スポットです。

旧・知多貯蓄銀行岡田支店
明治34年から大正7年まで知多貯蓄銀行岡田支店として営業し、木綿産業を金融面で支えていました。テレビドラマのロケ地として使われたり、現在は地域のサロンとして活用されています。

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手綱架け

手綱架け
竹中商店に来る荷馬車を隣の竹やぶにつないでいましたが、竹内金四郎が昭和2年に、織機のクランクシャフトを石垣に埋め込んで手綱掛けを作りました。

竹之内資朗邸と蔵

竹之内資朗邸と蔵
江戸時代中期1700年代に竹内源助が江戸の木綿買継問屋の鑑札(株)を受け開業しました。
長屋門や木綿蔵が現存しています。

中谷屋敷紅葉社

中谷屋敷紅葉社
岡田では、江戸中期の大火を期に屋敷の中心地に防火の神様として、秋葉社が17ヶ所に祀られました。
一番古い社は、享保14年(1729)に祀られた笹根屋敷の秋葉社です。
現在でも各屋敷では毎年年末に御日待が開かれ、遠州の秋葉神社のお札が祀られ、年数回は幟を立ててお祈りをする屋敷もあります。

<17屋敷>
向屋敷・中寿屋敷・峰屋敷・栄久屋敷・栄寿屋敷・中之坊屋敷・高見屋敷・向山屋敷・高根屋敷・釜谷屋敷・上島屋敷・東島屋敷・笹根屋敷・堂山屋敷・中谷屋敷・西島屋敷・白山社
(現在は峰屋敷、高見屋敷は廃止)

知多岡田簡易郵便局

知多岡田簡易郵便局
グリーンの壁と赤い丸いポストが目印の郵便局は、明治35(1902)年に岡田郵便電信局として建築され、一時閉鎖されましたが、平成5年に簡易郵便局として開局し、現在も営業しています。
今も郵便マークの屋根瓦が残っています。
木綿産業の最盛期には約3千人の女工さんが働いており、故郷への便りや仕送りに多く利用されていました。
建造物は、国の登録有形文化財に指定されています。

手織りの里「木綿蔵・ちた」

手織りの里「木綿蔵・ちた」
国の登録有形文化財に指定され、機織り体験や製品販売工房として活用されています。

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竹内康裕邸と蔵

竹内康裕邸と蔵(なまこ壁)
蔵は、大正9年に完成したなまこ壁の蔵で戦争時に黒く塗られた。
当家は、山木綿布を経営されていました。

開戸東組防空壕跡

開戸東組防空壕跡
昭和18年に開戸東組の人達が本土空襲に備えて作ったU字型の防空壕です。(戦争遺産)

料理旅館 枡磯

料理旅館 枡磯
明治20年代は弘法宿とみそたまり業を営んでおり、現在は130年の歴史をもつ高台にある老舗旅館。趣のある佇まいと繊細な料理を味わうことができます。

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旧岡田屋

旧岡田屋
知多四国巡りの明治20年代に弘法宿として開業し、明治時代には廃業。大野城の家老の屋敷を一部移築して建てられた建物です。当時の当主の竹内角三は、大工の棟梁でもあり明治から昭和初期にかけて活躍した人です。

岡田神明社

岡田神明社
1622年(元和8年)に創建され、昭和32年伊勢神宮の遷宮材を授かり再建されました。本殿の屋根は平成20年に葺きかえられ桧皮葺の屋根がいっそう荘厳さを高めています。

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舟橋家(旧伊藤銀行跡)

舟橋家(旧伊藤銀行跡)
大正12年旧知多貯蓄銀行(土井家)がここに移転。後に伊藤銀行に。昭和11年に現愛知銀行岡田支店の場所に移転しました。

奥組山車蔵

奥組山車蔵
山車は、1861年(文久元年)に作られ、通称「風車」と呼ばれています。屋根部には鶴と松、前棚部には七福神の彫刻を施し、水引幕には龍の刺繍、追幕には牛若丸と天狗の刺繍があります。上山の上下する方式は中組・里組のような滑車によるものではなく、人力に頼る古い形式で、名称についても古い名称が墨書によって明らかになるなど他の山車よりも古い形式を伝えています。

阿弥陀堂

阿弥陀堂
阿弥陀堂は、寛文年代(1661~72)には創建されており、最初は草葺き屋根でしが、天宝12年(1841)に瓦葺に葺き替えられました。
今も、毎月念仏をあげており、堂守も交代で勤めています。
また、江戸時代の岡田には「太郎坊」「東之坊」「中之坊」「西之坊」「段戸坊」の5つの坊があり、阿弥陀堂は「東之坊」と呼ばれていました。

五右衛門地蔵

五右衛門地蔵
江戸時代、酒飲みの五右衛門が村の流行り病を治めるために生き仏となり入定し、それを悼んだ村人が石仏を立てました。

基本情報

正式名称 岡田の古い街並み
住所・所在地 〒478-0021  知多市岡田字段戸坊5番地(岡田まちづくりセンター内)
※ アクセスマップは、「知多市観光協会」を指しています
※イベントや各観光施設に関する詳しいお問い合わせにつきましては、各施設やイベントの主催者にお問い合わせ下さい。
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●電車でのアクセス
名鉄常滑線「朝倉駅」下車、知多バス岡田線「大門前」下車 徒歩約2分
●車でのアクセス
西知多産業道路 長浦インターより約5分

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