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スポット情報

佐布里梅と佐布里池梅林

佐布里梅の誕生

明治の初期に、地元佐布里の鰐部亀蔵さんという方が桃の木に梅を接木して作られたと言われています。現在では、遺伝子が調査され、交雑または突然変異によって生まれた「佐布里梅」を桃の台木に接木して増やしたというのが、真相のようです。
この調査によって、佐布里梅は、遺伝子的に固定された品種と分かったため、令和元年10月に、知多市の天然記念物として文化財に指定されました。
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佐布里梅の特徴

佐布里梅の花は、薄いピンク色の一重で小ぶりですが、一本の梅の木には比較的多くの花が付きます。その形は、咲き始めに5枚の花びらが若干とがっているため、小さなピンク色の星の形に見えます。他の梅では、先が丸みを帯びているものが多いので、比較して見るのも楽しいです。
6月上旬にたくさんの実が生ります。種が平らで小ぶりなので、相対的に果肉が厚いことが特徴です。梅干しにはこれぞ梅というような酸味があり、梅酒、梅シロップにも最適です。

佐布里梅林の誕生

明治の後期には、一本の木から多くの実が収穫でき現金収入も多い佐布里梅が競って植えられ、やがて梅林となっていきました。
戦前には、佐布里梅の実は、梅干し、梅酢を作るために名古屋や大阪、京都の漬物屋に出荷され、地元で梅の生産組合ができるほど人気がありました。
佐布里梅林の梅は9割が佐布里梅で、開花の時期には辺り一面が薄紅色に染まりました。

梅まつりの開催

大正から昭和初期にかけ、当時の愛知電鉄(現在の名古屋鉄道(株))が、観光地として「佐布里梅林」を宣伝したため、多くの観梅客が押し寄せ、大変な賑わいを見せました。年間7万人が訪れたと言われています。茶店や売店では、梅羊羹や梅最中、梅が枝せんべい、梅ジュースなどが販売されていました。
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佐布里梅林の衰退

佐布里梅に限らず、梅の寿命は20~50年が最盛期で、それを過ぎると衰退していきます。残念ながら、明治から植えられた佐布里梅は、戦後になって弱ってきました。そこに、伊勢湾台風などの自然災害により、約8割の木が被害を受けました。その後、昭和35年からの佐布里ダム建設により、梅林のほとんどが佐布里池の底に沈みました。

佐布里池梅林の復活

昭和40年に佐布里池の工事が竣工すると、愛知県や地元の人々の熱意により、佐布里梅を始め、青軸や白加賀など25種の梅が植樹され、佐布里池梅林として復活しました。
また、平成13年の佐布里緑と花のふれあい公園の開園を契機に佐布里梅が植えられ、今では(令和2年4月現在)、愛知県内一を誇る約6,000本の梅林として親しまれています。
  • 佐布里池梅林の復活

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梅の実の活用

1. 佐布里小学校の野外活動
佐布里池梅林の梅の実は、毎年、地元の佐布里小学校の全校生徒とその保護者が梅ちぎりを行い、地域の住民に販売しています。佐布里小学校の児童図書は「梅の実文庫」と呼ばれ、この収益金で、これまでに1万3千冊にのぼる図書が購入されています。
また、この収益金の一部が佐布里池梅林の保全管理に充てられています。
2. わくわく梅ちぎり
近年、佐布里小学校の生徒数減少に伴い、収穫される梅の取り残しが発生するようになりました。このため、平成29年から、知多市観光協会において、地元住民の協力のもと、梅の実のもぎ取りを体験する「わくわく梅ちぎり」を有料で開催し、多くの方に楽しんでいただいています。
また、この収益は、佐布里池梅林の保全管理に充てられています。
  • わくわく梅ちぎり

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佐布里梅の商品販売

地元農家で生産された佐布里梅は、地域の事業者により、梅酒や梅干し、お菓子などに加工販売されています。

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基本情報

正式名称 佐布里梅と佐布里池梅林
住所・所在地 〒478-0018  知多市佐布里台3丁目101番地
開花時期 2月中旬から3月中旬
※イベントや各観光施設に関する詳しいお問い合わせにつきましては、各施設やイベントの主催者にお問い合わせ下さい。
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MAP
●電車でのアクセス
名鉄「朝倉駅」下車、バスに乗り換え、「梅の館口」下車、徒歩約5分
●車でのアクセス
西知多産業道路「朝倉IC」より15分
知多半島道路「阿久比IC」から15分

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